無限提言124 回 8 月号

不正はどこからでてくるのか

大手自動車メーカーのデータ改ざん、首長の政治資金問題、東日本大震災後の原発 事故に伴う隠ぺい問題。これらは、まさに日本を代表する大企業や期待を寄せたリーダー に関する不祥事でした。こうした世間で話題となっている事件や出来事のニュースに接 する時、よそごとではなく、自身の身近にも起こりうる問題として捉え考えるという習慣 に何時の頃からかなっている。 そして、思うのです。組織であるならば、規模の大小によらず、不正を引き起こす危険 が潜んでいるのではないかと。また、不正はどうして起こるのか? また、なぜ起こるか?  こうした問題の本質は何なのか? と。  そもそも、一人ひとりの思いに、最初から悪意があったのでしょうか。察するに、し らずしらずのうちに見る方向を誤ってしまった結果のように思います。 頭ではスタッフや利用者のことを考えながらも、いつの間にか、会社の存続や業績に目 が行き、スタッフ一人ひとりにおいても、いざという時に、自身の立場や上司の顔色を伺 うようになった結果のように思います。 こうした狂いや誤りは、残念ながら、誰でも、何処でも、いつの時代でも変わらないこ とのように思います。それは、本能的にもっている自身を守る保身と利己、つまりは人 間のもつエゴイズムに行き着くように思われます。  そして、不正を助長する大きな要因に、「言えない」「言いづらい」という問題があります。 上司からの不正の指示に対して、「それは、おかしい」という思いを伝えられない。会 社のためにと現場がやっている不正に対して、「これは、だめだ」と指摘できない。あ るいは、社内の不正を知りながらも誰にも相談できない。 つまり、「情報の遮断」ということが、結果的には、会社を、上司を、自身を苦しませ、 悩ませることになるのです。 情報の共有がなされていないところに、まさに、組織の弊害が様々な形で現れるように 思えてなりません。 健全な組織とは、気付いた人間が不正を指摘し、不正でなくとも何か疑問があれば確 認をし、思うことがあれば相談できる組織なのではないでしょうか。

何をもって企業統治するのか

不正予防、顧客満足、社内のモラル向上、そうした観点から、近年、コンプライアンス(法 令順守)、コーポレートガバナンス(企業統治)というフレーズを耳にする機会が増えて きています。  当然の対策の帰結ともいえるでしょう。しかし、様々なルールやシステム 制度や規 制が重要なことは認めざるを得ないとしても、はたして、法や制度で人間を統治するこ とができるのでしょうか。また、規制やルールで統治しようとすれば、人間関係は希薄 になり、さらには、窮屈になりはしないでしょうか。改めて感じることは、人間愛、人 間尊重、相手中心といった、ヒューマニズムを根本とした哲学が企業統治のベースにな ければ、何をしたところで十分には機能しないということです。  逆に、企業統治のベースにヒューマニズムがあればこそ、事細かな制度や規制を潤滑 にさせ、仲間を仲間として率直に語り合い、マイナスの情報をも共有し、改めるべき方 向へと共に行動するのではないかと思うのです。つまり、ヒューマニズムの心をいかに 育んでいくかという視点を見逃してはならないと思うのです。是非とも、互いが互いを 助け合い、励まし合い、補い合う組織づくりを目指したいものです。  以前、創立者鈴木会長は、懇談のなかで「今の大企業は昔、下請けを泣かせるよう なこともしてきただろうし、規則に沿わないこともしてきたはずだ」と。 つまり、どんな大企業もはじめは零細企業で、なんとか会社を発展させよう、成長させ ようとするプロセスのなかには、今でいう『ブラック』と言われることがあったのかもし れないと。しかし、このままではいけないと気づき、自ら是正してきた結果として、社 会から信用される企業になったのではないでしょうか。  そこで大切なことは、図らずも社内の不正が発覚したならば、素直に非を認め、大胆、 かつ積極的にヒューマニズムを根幹とした組織に改めることです。そうした『潔さ』が 私たちに問われていることだと思います。

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