無限提言

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喜びの存在

無限提言142回 2月号

プライドと誇り

先月、全国三ヶ所で開催されました『新発式』。
力強い体験発表には“プライド”を、対話した参加メンバーからは“新たなる挑戦”を感じました。
まさに本年のテーマ「新たなる挑戦・『PRIDE』」を皆様と共有致しました。

このテーマにおける大事なキーワードは、“喜び”の存在です。
確かに少子高齢化による人手不足の問題や、
そのことにより業界自体が厳しいことは実感として認めます。

しかし、人手不足や、厳しい業界であっても喜々として頑張って働いている実態があれば、
“人手”や“厳しさ”が原因ではない。
むしろ“喜び”がないことが原因で、直面する現実に心を奪われてしまい、
将来を描けないように思います。
忘れてはいけないのは、
スタッフ一人ひとりの内面にある喜びの存在ではないでしょうか。

そこで“喜びの提供”とは、
先ず、一人ひとりが抱える悩みや苦しみを取り除くことです。
次に、未来を明かにすることであり、現在の意味合いを教えること、
そして、共に闘い、共に苦しんで、共に将来の夢を見ることです。

しかし、このように伝えると
「“未来を明かにすること”は分かりますが、その“未来”が、私には見えません!」と、
あるトップリーダーから言われたことがありました。

確かに将来展望が見出しづらいという現状もあるかもしれません。
しかし、その未来に本気で向き合い、悩み、考えることが、
トップリーダー本来の仕事であり、役割ではないでしょうか。

 

喜びの提供

私が入社して間もなく、創立者が担当されるカウンセリングに同行する機会がありました。
そのなかで、クライアントオーナーは、苦慮する売上や利益に関する質問をされる。

すると、創立者は「いくらの売上が足りないの?いくらあればいいの?」と尋ねる。
オーナーは「2億程の売上があれば・・・」と答えると、
「じゃあ、俺が2億をやるよ」と創立者は言われ、
私は一瞬、ドキッとしました。
続けて「それからは、どうするんだ?」と。
それを聞いた相手は、ハタと止まってしまいました。

つまり、本当の喜びは何処にあるのかと。
確かに無いものを得られる喜びもあります。
しかし、創立者は、オーナーの苦しみを察し、気付きを与える。
この現状に向き合い、未来を明かにし、共に前進することが喜びなのだと。
前述した“喜びの提供”をされる創立者を目の当たりにし、私自身も強く印象に残る場面でした。

物語『少女パレアナ』は、
亡き父との約束である“何にでも喜びを見出す遊び”で、
人々の心を明るくしました。

私もこの物語に、何度も救われた一人です。
逃げ出したくなる出来事に対しても、喜びに切り替える前向きな捉え方を学びました。
それは、決して気休めではありません。
こうした主体性を持った人は強いと思います。
たとえ事業が行き詰まり、将来が見出しづらくとも、
こうした強い主体性を身に付けることで視野が広がり、
知恵も湧き、未来が開けてくるのではないでしょうか。

 

喜びの提供とは、何か特別なものでも、大きなものでもありません。
身近な一人からです。
その一人とは、先ず自分自身であり、目の前にいる一人です。
また、一人ひとりの喜びは違う。
だからこそ、誠実に対話し、相手をよく知らなければいけません。
抱えていた悩みを取り除くことが、喜びになることもあれば、
思い描く将来を真摯に傾聴することで、前向きにもなれます。
相手と自分との間の一対一でしか分からない絆を、
丁寧に作ることから始めてまいりたい。

 

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2018-02-01|

出会いを引き寄せる

無限提言141回 1月号

正直に生きる

日本では、古くから一月を睦月(むつき)とも呼ぶ。
その由来は、親類や知人が互いに往来し、仲睦まじくすることから“睦び月”となった説があります。
たしかに一月は、プライベートや仕事でも、人が集まる機会が多いのかもしれません。

今月開催される“全国クライアント新発式”においても、出会いを楽しみに参加する方もおられると思います。実際に、「新発式での出会いが起点になった」との声も。
誰もが良い出会いを望み、求めている。
しかし、出会いばかりは、計算尽くでは生まれません。
思うに、自分自身の『生き様』によって出会いは生じる。正論ではなく体験的な結論として、そのように思います。

 

アンリミテッドに出会う前の私は、生きることに無目的であり、いい加減な生き方でした。
そんな私を見かねた父が、ある会社を紹介する。
そこで面接をされた先輩が縁となり、アンリミと出会う。
確かにいい加減な生き方でした。でも、心の中では何かを求め、もがきながら生きていました。

数々の記録と記憶を残した元プロ野球選手は、引退後に薬物事件を起こし、多くを失いました。
過去に執着するあまりか、選手生活の晩年の『生き様』が、悪しき出会いを引き寄せたのかもしれません。
しかし、これを機に、彼がどのように生きるかによっては、良き出会いがあると思います。

つまり、出会いは、一人ひとりの『生き様』が引き寄せるもの。
だからこそ、良い出会いは、良い生き方によって引き寄せられるのではないかと考えます。

 

その良い生き方とは、正直に生きること。
人を騙すようなことはしない、裏切らない生き方です。
しかし、誰もが、逃げたい、誤魔化したい気持ちはある。
また、いざという時には保身に走ってしまう。
そこで、利他の心を持つことにより、自分を見つめ、反芻するなかで、正直な気持ちになれます。
利他の心の源泉は、正しい哲学を学び続けることだと思います。

 

善き友

現実は厳しい。
最近ニュースとなった大手自動車企業や鉄鋼企業による不正事件は、“一人ひとりが持つ正直な気持ち”よりも売上げや納期、効率、生産性を優先した結果に思えます。
はじめは正直な気持ちを持っていても、どうしてもエゴイズムやしがらみに飲み込まれてしまう。

大事なことは、正直に生きることを求め続け、積み重ねることです。
しかし、その過程においては、様々な葛藤や寂しさが伴うのかもしれません。

 

私がアンリミ哲学を学び始めた頃、生き方を改めようと思えば思うほど、当時の友達とは話が合わなくなり、「お前、変わったな」と言われ、友達が知らず知らずに遠ざかってしまう。
そこで、弊社創立者へ「これは、なぜでしょうか?」と深刻に質問をしました。
すると、「本当に大変な時に助けてくれるのが友達だと思うよ」と。
また、「おまえの友達は何人いるんだ?」と聞かれる。
私は「〇〇人です」と答えると、「“本当の”友達は何人いるんだ?」と聞かれました。

それがあまりにも急所で、言葉も出ない。
しかし、なるほど、自身の生き方によって、人間空間の濃淡が生じるのかと。
私が感じていた寂しさの意味は、これなのかと思い知らされました。

 

正直に生きることで、最も難しいのは“自分”です。
相手との約束は果たそうとするが、自分に嘘をつくことがたくさんある。
一日のなかでも、プライベートや家庭でもある。
自分にする嘘をなくすことは難しいと思います。
しかし、その都度「あっ、またか!」と自分を見つめる見方があるうちは良い。
だからこそ、こうした見方を持ち続けるためにも善き友と交わり、自己自身を律する哲学を研鑽し続けてまいりたい。

 

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2018-01-01|