新・無限提言 ~希望の明日へ~

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出会いによって変わる -自己変革に挑戦1

 

人生は人との出会いで激変する

仕事でもプライベートでも、私達はいろいろな人達に「出会い」ます。人によって、一生の間に出会う人数は異なりますが、人生とは出会いの連続であり、日々の生活は出会いによって綴られています。いつしか忘れてしまう出会いがある一方、強烈な印象を残す出会い、あるいは一瞬で人生を変える出会いもあるでしょう。

自分を変えたり、人生が激変する契機が、人と人との出会いによることは多く、私達は「出会いによって変わる」といえるでしょう。それぞれの出会いをどのように感じ取るかで、私達は良くも悪くも変わります。「あの人との出会いがなければ、いまの自分はない!」という思いを抱いている人もいれば、「あの人と出会ったことが、失敗につながった……」と感じる場合もあるでしょう。同じ人との出会いでも、それをいかに感じ取るかによって、大きな差が生じるのです。しかも、出会いは計算通りにはいきません。こうした出会いという身近な出来事について考えてみます。

 

 

求めるものの違いによって

ある会社のA社長と、様々な商品を扱う営業マンBさんが出会いました。A社長は「Bさんと出会い、私はラッキーだ」と思っているのに、Bさんは「A社長と出会ったが、あまりメリットはない」と感じました。こうした差がなぜ生じるのでしょうか?

それは、相手に対して求めるものが違うからではないかと考えます。A社長にとって、Bさんの扱う商品の種類の豊富さをプラスと感じ「とても良い出会い」だと思ったのですが、一方BさんはA社長の希望価格が低いため「あまり良い出会いではない」と感じた。こういったケースは、私たちのビジネスシーンでは日頃よく見受けられるケースです。

同じことは、スポーツ選手とコーチの関係にも生じます。試合で「そこそこ楽しめれば、それで満足」と思っている選手は、勝つために過酷な練習を強いるコーチとは出会いたくないでしょう。求めるものや互いの目標が違えば、出会いは成果を生まないのです。選手は「厳しすぎるコーチを変えたい」と思い、コーチは「その考え方では結果はついてこない」となり、結果、一緒には戦っていけないことでしょう。けれども、そんな考えの選手だとしても「私も優勝を目指そう!!」とやる気を起こす指導のできるコーチだとしたならば、状況は全く異なります。選手は「コーチに出会い、私は変わった」、コーチは「才能のある選手と出会い、育てる喜びを得た」と、プラスに転じるのです。

先日の全米女子オープンテニスで、大坂なおみ選手が日本女子初のメージャータイトルを手にしました。そのニュースの中ではサーシャ・ベイジン氏のコーチングが一躍話題になりました。メンタルが大きく左右するといわれる競技にあって、コーチから選手へ勇気付ける対話の様子や関わり方はテレビやウェブニュースなどでも多く紹介されました。彼女自身の成績やランキング※も、本来の能力や技術に加え、サーシャ氏との出会いによって大きく変化していったのはご承知の通りです。

(※2018年10月1日現在 ワールドランキング6位)

 

 

同じ目標を共有する幸福な出会いを!

「来月の試合で良い結果を出したい」という気持ちだけで、コーチに頼み込む選手もいます。ですが、それでは多くの有益な指導はなかなか難しいことと思います。選手の将来の展望までを見据えるコーチは「お互いに求める目標が違う」と答えるでしょう。良い結果を出すには、中長期的な視野に立って、基礎トレーニングや、例えばフォームの改善などが必要な場合があります。更には基本的な姿勢を含めたメンタル面の強化は選手にとって将来の力となります。次の試合の結果のことだけで頭がいっぱいの選手と、将来の展望を重視するコーチの双方が意固地になっては、良い出会いにはなりません。その時々にベストを尽すことは言うまでもありませんが、お互いに同じ目標を設定できた時に、その出会いは幸福な出会いへと昇華するのです。

この選手とコーチの関係は、目の前の目標を達成したいと願う経営トップと、将来の展望を重視するアンリミテッドのカウンセラーに置き換えることもできるのではないでしょうか。経営現場では、つい目先の〝売上〟が気になりますが、私達はクライアントの将来の展望や発展・安定も大事と考えています。時には目先の利益を優先せず、一見遠回りのような実践を促すことが有ります。

あるウエディングの専門式場での実例ですが、売上が上がらない、集客が思うようにならないと嘆く支配人がいました。会社のトップからは月間獲得、成約率の低下を責められ、ネットでのリスティング広告や集客コンサルの導入、更には業界誌のページ増加を行おうとしておりました。それらは、手法としては決して間違ってはいないのですが、問題の本質はどこか置き去り。つまり自身のことが見えなくなっている自分に全く気付いていなかったのです。

カウンセラーからは、結婚式を挙げて下さった顧客を一件一件アフターフォロー(御礼訪問)し、至らない点、不満足な点を徹底取材するようにとの指導がありました。これは非常に手間と時間がかかる取組みです。が、結果的に、結婚式に対するマンネリ感、感動の薄さ、変化の無さ等々、要は『喜びの提供』が全くできていない実態を知るに至ります。本来の自分たちの仕事の意義の再認識、そこから湧きおこる喜びが、スタッフ一人ひとりへの波動となって、その後、集客の取組みも様々に開始し、本来の姿を取り戻していきました。

クライアントと私達アンリミ・カウンセラーは、共に幸福な出会いを求めているはずです。そのためには意見を交換し、互いに成長できる関係作りが大切です。これは、社内のリーダーとスタッフ、或はお店とお客様の関係にも言えることと思います。

会社組織は、そのため(=幸福な出会いのため)にあるものなのかもしれません。

 

参考書籍

アンリミテッド・フィロソフィー

P88 指導者の存在  P112 自分を高める

2018-10-01|

年間テーマの意義 - 盤石な経営基盤の確立2

 

 

意思統一の柱

今年の夏は、最強の台風、集中豪雨、更には巨大地震と、次々に自然災害に苦しめられました。企業の内部留保は過去最高とのニュースも流れましたが、一部の大企業等がその恩恵に浴しているのみで、実感としては「好況」は感じられないというのが本音です。まさに、経済的にも生活面でも打ち寄せる荒波は止むことがありません。そのような大変な状況のなかで、私たちはどのように経営の舵(かじ)をとっていくか、どのような考え方で臨めばよいのか、また、どう戦っていけばよいのか。
私どもアンリミテッドクリエーションは、この9月1日より会計年度で第2期を開始しました。今期、私達アンリミメンバーは『闘い』という、非常にシンプルで分かりやすい言葉をテーマとして掲げ、戦って参ります。
今回の無限提言では「年間テーマ」について確認したいと思います。
組織において、よりパワフルな前進をしていくために大事なことは、組織を構成する個々人の意思が同じ方向に向いている集団であることです。団結力のある組織にはリーダーを中心とした意思の統一は欠かせません。ラグビーのスクラムを思い起こせば分かるように、それぞれがバラバラな方向を向いていては、組織の力を発揮することはできない。

「年間テーマ」は、一年間を挑み切っていく意思統一の柱です。つまり「このようにやっていくぞ」と年毎に示すリーダーの〝意志〟です。最近では、年間テーマを掲げる企業も多くなってきました。それらに加え、キックオフイベント等で年間事業計画や年間売上目標などを社内に示し、一年間に臨みます。

大切なことは、そのベースにある考え方です。その考え方が売上や利益を優先したものなのか、あるいはスタッフ一人ひとりの成長を優先したものなのか。とかく会社経営は、売上や利益を自然と優先してしまうものです。だからこそ、我々は、各人が成長し、充実した一年にすることを最優先に考え、「年間テーマ」(行動指針)を第一に掲げています。当然、各人の目標には個人差があります。スタッフには、営業もいれば総務もいます、経験の浅いスタッフもいれば管理職もいます。目標に個人差はあっても、組織の目指すべき姿は、テーマに沿ってどういう一年にするのかを各々が明確にして、同じ方向に向かい戦うことです。
事業計画も売上目標も勿論必要です。しかし大事なことは、スタッフにとって柱となるもの・・・その一つが年間テーマ(行動指針)を示すことではないでしょうか。いうなればそれは、トップリーダーの強い意志ともいえます。

 

リーダーの強烈な意志

〝強い意志〟と言いましたが、発表し、明確に示せば、意思の統一ができるのかといえば、そうではありません。
私が二十代のころ。その当時の自分にとって、年間テーマの意味がわかりませんでした。他の先輩方々が、打ち出された年間テーマを見て「いいな」と目を細めるのに対し、いったい何が嬉しいのか?と不思議に思っていました。当時、私はといえば、現場の売上や顧客のことで頭がいっぱい。はっきり言ってそれだけでした。打ち出されたテーマは別世界のことのような、それくらいギャップがありました。
しかしながら、実際には、創立者鈴木昭二会長から毎回示された年間テーマ(意志)に巻き込まれ、飲み込まれていき、意味がわからなくとも、年間テーマに沿った挑戦と実践を繰り返していました。これこそが、リーダーの〝強烈な意志・一念〟のなせる業(わざ)ではないかと思います。
スタッフ自身のテーマに対する理解度や認識具合は様々です。しかし大事なことは、スタッフ一人ひとりがそのテーマに沿って前に進むよう巻き込んでいく、リーダーの〝強烈な意志〟あるいは必ずこうしてみせるとの〝強き信念〟が大事だと思うのです。

自然災害、困難な人材確保、資金繰りの不安等々、会社の経営現場の荒波は今後も止むことはないでしょう。波高く荒れた海にも、厳然とした水底(みなぞこ)の流れがあります。表層の荒波に乗ろうとするのではなく、深層にある流れをじっと見据える。そして荒波に翻弄(ほんろう)されることなく一年間を主体的に挑む。

「今年一年はどんな年になるのか?ではなく、今年一年をどんな年にするのか!」とは鈴木会長の言葉です。
今年一年をどう挑むのか、「年間テーマ」に思いを込めて、一つでも具現化していきたい。

 

参考書籍

アンリミテッド・フィロソフィー

P87 リーダーの一念

 

「創立者鈴木昭二」

P130 意思統一

など

2018-09-12|

光と影  - 人を育てる1

 

表と裏・事実と内実

光あれば必ず影があるように、一つの事柄には二つの側面がある。ある童謡詩人の詩に、とても感銘を受けたことがある。

『朝焼け小焼けだ大漁だ/大羽(おおば)鰮(いわし)の大漁だ/浜は祭りのようだけど/海の底では何万の/鰮(いわし)のとむらいするだろう』(「大漁」金子みすゞ著)

一つの事象に内包する『光と影』をとらえたこの詩に、ハッとさせられました。『光と影』、一般的には、表と裏と言えば分りやすいかもしれません。ともすると、私たちは目に見える側面で物事を判断してしまうことが多いのではないでしょうか。

たとえば、ある営業スタッフ。表面的には(数字だけを見れば)営業成績は振るわないが、その裏では、周りのスタッフをフォローし、同僚たちから頼られる存在であったり。

また、百万円の売上という事実。しかし、満足の追求をした結果の売上なのか、偽装表示など不正なテクニックで得た売上なのか、同じ売上でもその内実はまったく違ってしまう。

つまり、表面的な事実だけを見たのでは本当のことはわからないものです。ある意味、事実がそのまま事実とは限らない。そこには内実があるわけです。表と裏、もしくは事実と内実、この両面を正しく認識しなければ、正しい判断、正しい対応はできないと思っています。

ある現場責任者が、「何度注意しても、遅刻を繰り返すスタッフがいます」と。遅刻をするという事実だけを見て指導をしても治りません。本人の体調や体質、生活のリズム、あるいは、本人の内面状況等々、そのスタッフの内実をしっかり知らなければ本当の意味での対処にはならないでしょう。

表面と裏面(りめん)、事実と内実。両面ともに大切なことは、みなさん承知していると思います。しかし、いざとなると、表面のことに目を奪われ、一面的な見方になってしまったり、あるいは、事実に心奪われ、内実を見逃してしまうのではないでしょうか。

 

一人の深奥(しんおう)に思いを寄せる

『光と影』、それは一個の人間の中にもある。たとえば、一家団らんの時を過ごしていたり、趣味を満喫していても、心の奥底には消え去らない憂いや悩みがあったりします。また、内面では苦悩にあえぐ一方で、そうした姿を決して見せまいとする人も少なくありません。人には見せない。〝影〟の部分は、誰しもあるものです。たとえ心の内をさらけだしても、〝でもこれだけは……〟というものが。

アンリミテッド創立者は、一人の人間の心の深奥に温かな光を当てる人でした。日常的なことを言えば、人と会う時には、周りの人から事前にそれとなく近況を聞き、しかも、それは業務的なことにおさまらず、時には奥さんや子どものことまでも。そのようにして、これから会う人の〝見えない世界〟に、人知れず思いを寄せていました。

一人の人間の深奥に思いを寄せる。それは、必ずしもアドバイスや指摘をするということではなく、そっと寄り添うようなことではないかと思います。

ある社長が、スタッフと懇談する機会をつくりました。誰にも相談できず一人苦しんでいると感じ、社長から声を掛けました。その席では特別な会話はしませんでしたが、ただ、そのスタッフの苦悩を察しようとの思いだったとのこと。そうして静かな懇談をしたところ、別れ際にそのスタッフは「改めて頑張ります……」と。

思いを寄せたところで、実際には、何もできないことのほうが多いのかもしれません。けれども、思おうとしなければ、見えるものも見えず、気づけるものも気づけないのではないでしょうか。

一人の人間の深奥にまで思いをいたすことは極めて難しいことです。でも、だからこそ語るに語れない思いを、言葉にできない心の叫びを、察しようとすることが大切だと思います。

 

総じて、私たちは、『光と影』の〝影〟の部分を何気なく見過ごしてしまうものです。この〝影〟を見ようとする眼差(まなざ)しがあるのかないのか、そこに、大きな違いがあるように思います。

ともあれ、『光あれば必ず影あり』、このことを心に留めておきたいと思います。

 

参考書籍

アンリミテッド・フィロソフィー

P139・光と影、P128・人の心を知る努力 など

2018-08-22|

実践するための哲学  - 盤石な経営基盤の確立1

 

哲学を現実化する智慧

「スタッフを大事に」、「お客様に満足を」、「相手中心に」、「地域のために」、「原因は自分にある」等々、弊社アンリミテッドクリエーションは、リーダーの考え方・哲学を追求しています。それ故、しばしば、きれいごとや理想論と受け止められてしまうこともあります。「アンリミさんの言うことはわかりますが、現実はそうも言っていられない……」と。
また、「哲学を実践すれば売上は上がるのか」、あるいは、「哲学を学んでも売上があがらないのは何故か」とおっしゃる方々もいらっしゃいます。
しかしながら、我々が目指している哲学とは、「理論」ではありません。現実論であり実践論なのです。そして、敢えて申し上げるならば、哲学と“売上”とを天秤(てんびん)にかけるのではありません。哲学と“実践”とを天秤にかけるのです。つまり、哲学に対してどれだけ実践ができているのか、そこを追求したいと考えています。
そのうえで、その天秤の中央にある軸(支点)が、実は『智慧』なのです。たとえば、お客様への満足を提供したい。しかし、コストの問題、人の問題、あるいは時間の制約など、様々な問題が生じてくるものです。それが現実だと思います。その厳しい現実の問題に本気で向き合い、トライ・アンド・エラーを繰り返し、PDCAを回しながら、本物の智慧は生まれる、または身に付くのではないでしょうか。哲学を実践し智慧を生み出すことで、可能性は開かれていく、そう考えております。

 

道理と現実をつなぐ哲学

哲学の実践とはいえ、シンプルに言えば、困っている人がいれば助ける。悩んでいる人がいれば激励をする。人に悲しい思いをさせない。約束は守る。物事を肯定的に見る。等々、いわば道理です。往々にして、物事がうまくいかなくなるのは、道理から外れてしまうからではないでしょうか。
アンリミ哲学は、ある意味、道理と現実をつなぐ哲学です。
たとえば、親子の問題。会社経営において、特に中小企業にあっては親と子が一緒に働いているケースが少なくありません。本来、親は子を守り、子は親を大事にする。それが道理です。しかしながら、時に、思うようにならない子を責めたり、親に対し話を聞かず不満げな態度をとってしまったりする。そこに、経営上の問題が絡むことで一層複雑な問題になっているケースは少なくありません。そうした時には、親の言うことには先ずハイと受け止めようとアドバイスをおくったりします。けっして感情では納得できないとしても、言われた通りやってみること。
そうできるようになるには、本人の強い主体性や確信が求められるものですが、そうする中で、親子の問題ばかりでなく、その他の諸問題も同時に解決していくことが少なくありません。
総じて、アンリミ哲学は〝きれいごとの理論〟ではなく、現実的な‶実践するための哲学〟です。とかく人は、実践する前に理解や納得を求めます。そして、納得できないことはせず、やらない理由をつい探したくなるものです。あるいは、理解したことで、できるつもりになっていることもあります。頭でわかっても、何の価値も生じません。
わからなくとも、実践することで価値が生じる。そしてまた、私たち一人ひとり、悩みも違いますし、抱えている課題も違います。ゆえに、結果にも違いが生じてきますが、必ずよくなります。個々それぞれの違いは、むしろ、一人ひとりの輝きになるとも感じています。
苦しい時にこそ、辛い時にこそ、この哲学を信じ、勇気を出して共々に実践してまいりましょう。

参考書籍

アンリミテッド・フィロソフィー

P24・実践哲学、P74・実践と結果 など

2018-07-13|