無限提言

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一人ひとりの働き方

無限提言137回 9月号

働く目的

ある企業では、定時になると職場の一斉消灯がはじまる。「働き方改革」が世間で声高に叫ばれています。少子高齢化を見据えた労働力の確保として、長時間労働の是正、労働生産性の向上などが改革におけるテーマとして挙げられているようです。
“働き方”とは、そもそも時代と共に常に変化するものであり、対応せざるを得ません。しかし、中小零細企業や飲食業にとっては、行政の指導に沿った改革は実に難しい。それでも、できる限り精一杯の対応をしている。だが、求められるのは時代の要請であり、そこには現実の矛盾と葛藤があります。
その上で危惧するのは、どう対応するのかを第一の課題としがちなことです。時代の変化のなかで、“自分たちに問われていること”と“対応”は別々なのです。“問われていること”とは、一例を挙げれば、給与や労務システムなどの働き方を含めた価格設定など、すぐには変え難い問題であり、付言すれば、分かってはいてもできないという問題です。様々な“対応”と、“問われていること”の両方を考えなければなりません。
また、働き方ばかりを追求すると、働く意味や意義をどうしても見失いがちになってしまいます。仕事を始めたときには、やる気も熱意もあるのですが、そのモチベーションは知らず知らずと失ってしまう。終には、“作業”だけが残ってしまうと苦しくなり、自分自身を追い詰めてしまいます。
“何のため”と云う、働く目的が大事になります。つまり、目的観が一切の起点になります。しかしながら、一人ひとりの価値観は益々多様化し、仕事観や人生観と云っても様々です。やはり根本の問題は、スタッフ一人ひとりの目的観と企業の目的観が、互いに共有されていないことではないでしょうか。
そこで、大事なことは、スタッフ一人ひとりとの対話や社内教育を通し、トップリーダー自身が目的観を問い続けることです。例えば、仕事とは手段であり目的ではないと。また、働くとは“はた楽”であり、“はた(そば)の人を楽にする” ことと、私自身も目的観を教えてもらいました。こうした目的観の共有がなければ、お互いがストレスになり、いずれ大きなひずみを生み出してしまうと思います。

楽しむため

それは、決して押し付けやコントロールではありません。また、人材育成としてスキルアップのための社内教育でもありません。どこまでも、本人のための目的観を育む。「この仕事は、そもそも何の為?」と問いかけていく。日本の学校教育においては、目的観の教育は不十分だと思います。また、それは難しいことでしょう。だからこそ、トップリーダー自身が働く目的を問い続け、追求する。そして、タイミングをみて、相手を想い、ことあるごとに目的について語り合う。こうして、そもそも何のための仕事なのだと一人ひとりが目的を持つことで、自然に環境や状況に応じて、頑張れます。

思うに、苦しむために生まれてきたのではない、楽しむためだと。これも目的観です。つまり、いろんなことにチャレンジしてみることや、苦しいこと、困難を全て楽しんでしまえと。私自身も、ことあるごとに言い聞かせ、切り替えています。「嫌だな」と思う自分から、「楽しもう」と。こうした捉え方を持つことで、自己感情を切り替えるのです。自己感情を哲学優先に切り替えるスイッチを持たなければ、苦痛の渦に飲み込まれてしまうと思うのです。

たとえ困難な状況でも前向きに捉え、あきらめずに乗り越える。そこにトップリーダーとしての醍醐味、人生としての醍醐味もあるのではないでしょうか。働き方改革を世間が注目すれば、注目するほど“なぜ、何のために”という使命感や目的観が、とても大事になると思います。仕事における喜びや、やりがいによって、プライベートの充実も共に図る“働き方改革”でありたい。

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2017-09-01|